乳幼児が危険!感染過去最悪「RSウイルス」の正体

新型コロナウイルスの新規感染者が急増する陰で、もう1つの感染症が日本国内で大流行して、医療崩壊が現実のものとなりつつある。それがRSウイルスだ。乳幼児に感染して突然死症候群の原因ともなる病原が、この時期に例年にない異常な猛威を振るって、救える命も救えなくなる状態に陥りつつある。

【画像】RSウイルスの感染拡大の推移

 RSウイルスは呼吸器の感染症で、新型コロナウイルスと同じように飛沫感染する。生後1歳までに約半数以上が、2歳までにほぼ100%の乳幼児が感染するとされ、そこから免疫を持つ。症状はかぜとほぼ同じで、鼻水、咳などから始まって、38~39度の発熱、「ゼイゼイ、ヒューヒュー」という喘鳴、気管支炎や肺炎の兆候をみせることもある。

■6カ月未満の乳児や基礎疾患を持つ子は重症化しやすい

ほとんどの乳幼児は数日で軽快するが、1歳未満、それも6カ月未満の乳児や低出生体重児、心疾患、肺疾患などの基礎疾患を持つ子どもは重症化しやすく、呼吸困難などの重篤な呼吸器疾患を引き起こすと、入院、呼吸管理が必要になる。

 新生児期あるいは生後2~3カ月未満の乳児では、無呼吸発作の症状を呈することがあって、突然死症候群のリスクの1つともされた。「RSウイルスが突然死を引き起こすということではありませんが、調べるとウイルスが検出されることはある」(小児科医)。

 例年は秋口から乳幼児の間で流行が始まる。ところが、今年はいまのこの時期に前代未聞の大流行が起きている。

 RSウイルスは定点把握疾患とされ、指定された医療機関の報告件数で週ごとの感染状況を確認する。

 国立感染症研究所が公表している資料によると、全国で今年の1週に報告された感染者数は258人で、定点医療機関当たりの報告数は0.08だった。これが15週(4月12日~)に1.13、21週(5月24日~)に2.5、24週(6月14日~)に3.06、そして最新の28週(7月12日~)には5.99、感染者数は1万8915人にまで急増している。昨年同時期の0.01、一昨年の0.62を大きく上回り、過去最悪だった2019年の37週の3.45を更新して収束する気配はない。

 昨年はRSウイルスの流行がまったく起きなった。新型コロナウイルスの感染拡大で、保育所や幼稚園が休園となり、自宅に籠もっていたことが大きな原因とみられる。インフルエンザの流行も起きなかったことから、「新しいウイルスが幅をきかせて、既存のウイルスを押し退けていたのではないか」という専門家もいる。

 いずれにせよ、それだけにかえって、RSウイルスの感染爆発を危惧する声は高まっていた。

 「昨年はウイルスの活性化がなく、それだけ暴露していない子ども、免疫を持っていない子どもが増えたことになります。それで流行が始まると、その子どもたちにも広まって、例年の2倍、3年空けば3倍となっての感染爆発が恐れられていた。それがいま、そのとおりに起きてしまった」(小児科医)

■現場の声は「実際の患者はもっと多い」

 この流行の始まりは沖縄だった。それが鹿児島から九州に広がって、北上するように全国に広がり、首都圏にまで到達した。その東京が異常事態となっている。

 東京では今年になって定点医療機関当たりの報告数が1以下で推移してきたものが、21週に1.03を記録すると、そこから急激に感染者数が増え始め、28週には8.92、感染者数は全国で最も多い2302人となっている。過去最悪が2017年35週の3.17だったから、その倍を超えている。しかも「これは定点地の数ですから、実際の患者はもっと多い」というのが医療現場の声だ。

 最新の29週(7月19日~)の数値では、6.60と数値が下がりピークアウトしたようにも見受けられるが、「この週は東京オリンピックの開幕に合わせて4連休が入った。医療機関も休んだところが多い」(東京都感染症情報センター)というから、予断は許さない。

 これに追随するように神奈川、千葉でも28週の数値で7.31、8.6を数える。また、宮城、新潟、石川、三重、和歌山、高知でも定点当たりの感染者数が10を超え、徳島では20を超えた。

 この状況に、東京や神奈川の小児医療の現場は危機感を募らせている。神奈川県立子ども医療センター感染免疫科の今川智之部長は言う。

 「横浜市では昨年の流行がなかったこともあって、小児病棟を成人向けの新型コロナウイルスの入院患者にあてた。新型コロナウイルスが子どもに感染しにくく、重症化しないということもあった。緊急を要する医療資源の振り分けです。そこにいままでにないRSウイルスの感染爆発が起きて、入院しようにも場所がない状態になっている」

 東京でも状況は同じだ。しかも東京都での新型コロナウイルスの新規感染者数はここへ来て急増し、28日に3177人と初めて3000人を超えると、翌日には3865人の過去最高を記録。その翌日も3300人と高止まりしている。これに伴って重症者、中等症の患者に入院が必要となれば、いまさら小児科病棟を空けることもできない。

加えて、第5波とされる今回の感染拡大の主流はインド型と呼ばれるデルタ株に置き換わりつつある。これまでよりも感染力が強いとされるだけでなく、子どもにも感染して重症化が懸念される。

 「そうなると、子どものために新型コロナウイルスの病床も必要になってきます。そこではRSウイルスとデルタ株をまた分けなければならず、小児現場では『さあ、どうしよう』という状態です」(今川氏)

 事実上の医療崩壊の引き金となりつつある。そこに慢性的な看護師の不足が重くのしかかる。小児病棟を成人の新型コロナウイルス感染症に開放したことにより、看護師もそちらにまわることになった。小児の重症患者が増えたからといって、戻すこともできない。そうなると、従来ならば救えた命も救えなくなることも起こりうる。

■予防法は新型コロナウイルスと同じだが…

 あらためて2つの感染症について考えてみる。RSウイルスも新型コロナウイルス飛沫感染であって、予防法は、手洗い、マスク着用の励行で一緒のはずだ。なぜ、子どもたちにRSウイルスの感染が急拡大しているのだろうか。

ある医療関係者は「再生産数の違いではないでしょうか」と言う。つまり、新型コロナウイルスに比べて感染力が強いとみる。疫学の現場からは「新型コロナウイルス飛沫感染、RSウイルスは接触感染が強いといわれています」との指摘もある。

 しかし、ここへきての新型コロナウイルスの感染拡大をみれば、東京都感染症情報センターの指摘に合点がいく。

 「昨年までは社会全体が感染対策を徹底していましたが、それが緩んだことが原因ではないでしょうか」

 RSウイルスは昨今、大人への感染も認められている。免疫を持っているから発症することはないが、ウイルスを自宅に持ち帰るケースもある。家族が自宅でもマスクをして過ごすということは考えられない。それに乳幼児ともなれば、どうしても保護者が密着して世話をしなければならない機会が増えてくる。抱っこをしたりすれば、それだけ顔の位置も近くなる。

 同じことは、保育所や幼稚園でもいえる。子どもにとってマスクはしづらいものだ。子ども同士で遊んでいて、鼻を出した「鼻マスク」になったり、密着した遊びが増えたりする。小さな子どもや乳幼児に「感染に気をつけなさい」と言っても無理なことであって、むしろ子どもの命を守らなければならないのは大人の責務だ。

 東京オリンピックの開幕と同時に急増してきた新型コロナウイルスの新規感染者数。政府は、緊急事態宣言を新たに埼玉、千葉、神奈川と大阪に発出して、東京、沖縄の期限を延長することを決めた。

 先行きが見えず、長期化するコロナ禍に疲労と困憊を禁じえないとしても、幼い子どもたちは外敵から自らの身を護る術を持たない。大人の身勝手な行動で、子どもの命を危険にさらすようなことがあってはならない。その自覚を持った大人の行動があらためて求められている。