一種の「こんまり流片づけ」。アナログノート術が世界中で大ブームな理由

3/5(木) 7:30


どこにでもある1冊のノートを使って、多忙な現代人が抱える悩みをすっきりと解決する。そんな夢のようなノート術が世界中で話題だ。

私たちは、仕事や家庭で膨大なタスクを抱え、常にやるべきことに振り回されている。SNSを開けば大量の情報が飛び込んできて、目の前のことに反応するだけで精一杯だ。部屋を片づけるように、頭の中のごちゃごちゃもきれいに片づけたい。そんな悩みに応えるアメリカ発の「BULLET JOURNAL(バレットジャーナル)」というノート術が、世界中で熱狂的に受け入れられている。その初めての公式ガイド本として、開発者自身が書き下ろしたのが『THE BULLET JOURNAL METHOD(邦題:バレットジャーナル 人生を変えるノート術)』(ダイヤモンド社刊)である。

ノートを使ってどのように自分を管理するのか。なぜデジタル全盛の時代に、紙のノートが再び注目されているのか。この日本語版の編集者であるダイヤモンド社・市川有人氏に、その理由を解説してもらった。

一気に世界中に広がったノート術

2018年末にアメリカで刊行され、すぐにニューヨークタイムズのベストセラーにも入った『THE BULLET JOURNAL METHOD』という本がある。これは、ニューヨークのデザイン会社に勤めていたライダー・キャロルというデジタルプロダクト・デザイナーが、幼少期からADD(注意欠陥障害)に悩まされた経験をもとに開発した、「BULLET JOURNAL」という特異なノート術の使い方を解説した1冊だ。

同書はその後、世界29カ国で刊行され、現在では世界的なベストセラーとなっている。日本でも昨年『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』(ダイヤモンド社刊)として刊行され、現在のところ4万部を売り上げている。

私は、幸運にも同書の日本語版の編集を担当する機会を得たが、企画の出会いは2017年初頭にさかのぼる。執筆前の企画を海外エージェントから紹介されたとき、バレットジャーナルはまだ一部の手帳愛好家に注目されている、知る人ぞ知る存在だった。海外ではすでにいくつかのメディアで取り上げられていたが、日本人にとってのオフィシャルな情報源はキャロル氏が立ち上げた公式サイトのみで、そこに記載された使い方を参考に見よう見真似で実践している人がほとんどだった。

その後、SNSで使い方を投稿する人が増えたり、ファン・コミュニティが生まれたりして、ブームは日本をはじめ世界中へと一気に飛び火していく。中国語版の発売記念イベントでは、約1000人が集まり異様な熱気を帯びていたという。

なぜデジタル全盛の時代に、アナログのノート術がこれほど注目されるのだろうか。アジア圏では以前からノート術や手帳術を受け入れる土壌があったが、アメリカやヨーロッパでも起きているムーブメントであることに、デジタル時代の人々のメンタリティが読み解けるかもしれない。

紙の上で行う「こんまり流片づけ」
私はこれまでノート術の本を多く編集してきた。2008年にシリーズ50万部を超える『情報は1冊のノートにまとめなさい』という本を担当したことを皮切りに、愛好家の多いイタリアのノートブランド「モレスキン」の活用術の本など多数のノート術の本を作り、このジャンルを開拓してきた。

それまで書店では、「ノート術」というジャンルは存在せず、あっても「手帳術」や「メモ術」だった。今は、子供の勉強ノートの書き方からビジネスパーソンのノート術まで多くの書籍が刊行され、大型書店では「ノート術」というジャンルは定着している。だがその大半は、仕事の効率を上げたり、学びを最大化することを目的としたテクニック集だ。また、日本で独自に進化した、ノートを可愛いらしく装飾するような趣味寄りの本も少なくない。

『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』は、そうした本とは大きく異なっている。同書が、最初にエージェントから紹介されたとき、送られてきたプロポーザルには、近藤麻理恵氏の世界的ベストセラー『The Life-Changing Magic of Tidying Up(邦題:人生がときめく片づけの魔法)』が類書として記載されていて、この本の立ち位置がはっきりと宣言されていた。

つまり、「片づけは単なる収納スキルではなく心を整える手段」という近藤氏の主張と同様に、このノート術は単なる効率化のスキルではなく、心や人生を整えるツールということだ。明確に「こんまりブーム」を支持する世界中の読者に向けて書かれているのだ。

「こんまり」が世界中で大きなムーブメントとなっている背景には、複数の識者たちがすでに指摘しているように、近代的な価値観の転換があるのだろう。すなわち、モノ不足の時代は、より「便利な」ものをどうやって手にするかという価値観が主流だったが、モノ余りの時代になると、自分にとって「意味」あるものをどう見極めるか、という価値観へと移ってきている。

これは情報も同じだ。今や私たちを取り巻く膨大な情報は、便利であるより、自分自身を見失う弊害にさえなっている。バレットジャーナルは、デジタル時代に現代人が投げ込まれた情報洪水の中で、自分の意味を見出し、自分を自分につなぎとめておく一つの手段なのだ。

デジタル時代にあえてアナログツールを勧めるのは、決してノスタルジックな理由ではない。デジタルは大量の情報をスピーディに、効率的に、ラクに集められるが、かえって玉石混交の情報に占有されやすい。その結果、そこから自分だけの意味を見出すことが困難になる。

意味とはパーソナルなものだ。他人にとってはまったく意味のないことが、自分にとっては大きな意味を持つことがある。だから、意味を見出すには「外」の情報ではなく、「内」の情報を掘り下げるしかない。デジタルは外の情報を反射的に処理するには役に立つが、内の情報をゆっくりと、意識的に、深く掘り下げていくには向いていない。自分なりの意味を見出して人生を整えていくには、アナログのノートが有効なのだ。

効果を実感できる3つのルール
では、バレットジャーナルとは一体どんなノート術なのだろうか。バレットとは「・」のことで、いわゆる「箇条書き」を意味する。シンプルに言えば、箇条書きを活用しながら頭の中を整理するノート術のことだ。

詳しくは書籍を読んでいただくとして、ここでは簡単にポイントを説明しよう。

まず日々のタスクや備忘録などを箇条書き(リスト)でどんどん書き記すこと。リストの頭に記号を付けて優先順位を決め、終わったらチェックする。それを毎回(毎日)繰り返し、書き直したり定期的に見直したりして、自分にとっての意味を見極めていくというものだ。その実践法は多岐にわたるが、内なる情報を掘り下げる上で、私が特に有効だと感じるのは以下の3つである。

1. ラピッドロギング(リスト化)

箇条書きと記号を使った記録法のこと。日々のタスクや備忘録、思いつき、日記など何でもいいので、どんどんノートに箇条書きで記していく。そして、その頭に「・」「〇」「-」「*」「!」といったルールに基づく記号を付け、情報の種類をひと目で見分けられるようにする。その後、完了したら「×」、延期したら「>」、別の日の予定に移動したら「<」などの記号を書き、ステータスもひと目でわかるようにする。

頭の中を片づけるには、まず占有している情報を外に吐きだす必要がある。「こんまりメソッド」もまずは家中のモノを一箇所に並べることから始まる。やるべきこと・やりたいことなど、本来は複数のレイヤーに分かれるものもあるだろう。そうした入り組んだ情報を効果的に書き出す技術は知っておくと便利だ。

2. マイグレーション(移動)

書き出した箇条書きのリストを、別のページに書き写すこと。デジタルと違ってコピペができないので、リストを毎回書き直す必要がある。これは非常に面倒だが、この作業を通してタスクの見直しから優先順位付けを調整する。アナログならではの煩わしさだが、そこにこそデジタルにはない効果を実感する人が多い。

さらに、他のページ(「コレクション」と呼ぶ)に移して、別のレイヤーで整理したり、膨らませたり、掘り下げたりすることで、管理することもできる。デイリー、ウィークリー、マンスリーといった時間別管理から、フューチャーログといった未来管理、インデックスを作る検索管理など、システムをより完全にする工夫もある。

. リフレクション(振り返り)

リストを定期的に振り返ること。バレットジャーナルでは、振り返りを通して内省を促すことは必須だ。振り返りこそが、自分にとって必要・不要の基準を生み出す。人生を自動操縦でやり過ごすことから、立ち止まって意識的に自分でハンドルを握ることへと切り替える。自分固有の経験や感情に焦点を当て、自問と対話を繰り返すことで、大切なことと手放すことを見極めていけるようになる。

1冊のノートで、なぜ人生が変わるのか?
情報をメモすれば人生が変わるのではない。メモした情報を「整理」することで、人生が変わるのだ。整理とは分けることだが、分けるとは、自分にとって必要・不要なものを見極めることである。そして、見極める判断軸は、自分の中にしかない。バレットジャーナルは「こんまりメソッド」と共通する部分が多いが、いわば紙の上で自分との対話を通して「必要・不要」を考えていくためのノート術なのだ。

1冊のノートで、なぜ人生が変わるのか?

バレットジャーナルの使い方はユーザーに委ねられている。キャロル氏も使い方はユーザーの自由であって、同書にまとめた使い方は一つの「モジュール」に過ぎないと言っている。だが、この3つのルールは、アナログの効力を最大限高め、自分の意味を見出す上でとても有効だと思う。

この時代、情報は勝手に自分の中に侵入してくる。それを制御することは困難だが、この3つを実践することで、様々なゆがみをリバランスすることは可能だ。その効果はまるで「ノートを使ったマインドフルネス」や「書く瞑想」だと言う人もいる。

同書の日本版に『人生を変える』というタイトルを付けたのは、何も読者を煽るためではない。実際に『人生が変わった!』という声を、世界中の読者から最も多く聞いたからだ。バレットジャーナルは、外の情報に効率的に反応したり、そのスキルで武装したりするのではなく、内なる情報に目を向けることが、人生を好転させる最も有効な方法なのだと教えてくれる。

ノートはどんなものでもいいし、1冊あれば十分。他に1本のペンさえあれば誰もが今すぐ始められる、シンプルだが強力な「自分整理術」だ。まだ知らない人は、ぜひ一度試してもらいたい。